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新潟地方裁判所 平成4年(ワ)231号 判決

原告

甲野株式会社

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

味岡申宰

高橋勝

被告

大和証券株式会社

右代表者代表取締役

江坂元穂

右訴訟代理人弁護士

松鵜潔

篠塚力

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一億八六四〇万五九五六円及びこれに対する平成四年六月六日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告会社従業員乙山二郎(以下、「乙山」という。)の違法な勧誘によりワラント(新株引受権付社債)を購入させられ、その結果として右購入代金相当額の損害を被ったとして、使用者責任に基づき右損害の賠償を請求した事案である。

一  基礎事実(証拠を示した事項以外は争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、昭和五四年五月一日、家庭金物及び厨房品の製造販売等を目的として設立された株式会社である。

(二) 被告は、有価証券等について自己販売、売買の委託の媒介・取次・代理人、引受け・売出し、募集又は売出しの取扱いについて大蔵大臣から免許を受けた、いわゆる総合証券会社である。

(三) 乙山は、原告が本件ワラント取引を始めた当時の被告の新潟支店長である。

2  ワラントの内容・商品構造

ワラントとは、新株引受権付社債のうち、新株引受権の部分をいう。新株引受権付社債は、昭和五六年の商法改正の際に制度化されたものであり、これには、新株引受権と社債が結合した「非分離型」と、両者が分離し、新株引受権の部分のみが証券化されて取引される「分離型」とがある(本件で問題になっているワラントは分離型であるから、以下においてワラントという場合、分離型を指すものとする。)。

ワラントの仕組みは以下のとおりである(乙一、四、弁論の全趣旨)。

(一) ワラント証券には、一定の価格(これを「権利行使価格」という。)で新株引受権を行使できる旨が表示されている。

(二) 新株引受権を行使できる期間が予め定められており(これを「権利行使期間」という。)、その期間を過ぎると、引受権は消滅する。この権利行使期間は、国内発行銘柄の場合は六年、海外発行銘柄の場合は四年又は五年となっているのが一般である。

(三) ワラントの価格は、原則的には発行会社の株価の変動に応じて上下する。

但し、ワラント価格には、将来の株価を期待してのプレミアム価格の部分もあるので、必ずしも株価の変動とは一致しない部分もある。

(四) ワラント取引の実際は、外貨建てワラントの場合、次のように行われる。

(1) 一ワラントの額面金額は、五〇〇〇ドルが一般である。

(2) ワラントの売買は、被告の場合、通常五ワラント又はその整数倍の単位で行っている。

(3) ワラントの価格は、一ワラント当りの額面金額に対するパーセント(通常、「○○ポイント」という。)で表示される。

(4) ワラントは、証券取引所上場の有価証券と違い、店頭における相対取引であるため、価格は売りと買いとで異なっている。

(5) ワラントの売買価格は、前日のロンドン業者間マーケットの最終気配値を基に、当日の東京株式市場の株価動向を考慮して、各社で定めている。

3  本件におけるワラント取引

原告は、平成元年六月二六日から、平成四年四月二〇日まで、別紙「ワラント取引一覧表」(以下、「別表」という。)記載のとおりのワラント取引を行った(但し、原告は、平成三年三月六日のワラント行使による利益を計上しないため、末尾の差益額合計をマイナス一億七六四六万六三三四円とする。)。

二  争点

1  被告の責任原因について

(原告の主張)

(一) 義務違反の前提としての外貨建ワラントの問題点

(1) 取引手法の複雑さ

ワラントは本来、社債の低利発行手段としての甘味剤であり、プレミアムによって膨張した実態の希薄な権利であるだけに、その取引システムは極めて技巧的である。さらに、店頭取引であることや、為替レートの介在なども相まって、外貨建ワラントの取引システムは、決して一般投資家が十分に理解しうるものではない。

(2) リスクの巨大さ

外貨建ワラントは外国証券であるから、購入するのに外貨又はワラント購入時の為替相場で換算した円貨を用意する必要がある。したがって、購入時の為替相場とワラント売却時の為替相場の変動による危険性も存在する。そして、右に述べた外貨建ワラントにおけるプレミアムによる膨張と実体の希薄さは、必然的に激しい値動きにつながり、一瞬にして全損を招きかねないほどの超ハイリスクを生ぜしめている。

(3) 取引手法・取引価格の不透明さ

前述のとおり、外貨建ワラントは、市場外取引として、当該証券会社と顧客との店頭・相対取引により売買されている。近時、不十分ながら値幅制限が課されてきてはいるものの、顧客が当該証券会社の言い値で購入、売却を行わざるをえないことは全く変わりなく、また、平成二年九月二五日以降、限定された銘柄について、前日の売り最高値と買い最低値のポイントで表示される平均値と出来高が新聞に掲載されるようにはなったが、価格や商品の内容について一般投資家が入手しうる情報は極めて乏しく、右ポイント数からワラント価格を計算するには、複雑な計算式によらざるをえず、一般投資家に対する情報開示としては極めて不十分である。

他方、証券会社は自らが当事者となっての取引であるから、他の商品の単なる手数料とは比較にならない高率の利鞘を獲得できる。そして、市場外取引であることを利用して、証券会社がワラントの利益を損失補填の為に使ってきたことに代表されるように、自己の思惑どおりの取引を展開することができる。

(二) 適合性の原則違反

証券取引における自己責任の原則は、その大前提として、顧客が当該取引を自己の責任において行いうるだけの環境を必要とする。ここにおいては、能力・経験・資力等の顧客自身の条件が問題とされなければならず、当該取引に適合する条件を具備しない顧客をして取引に参入させることは、自己責任の原則の適用を不可能ならしめる。したがって、証券会社としては、勧誘に当たっては、かような顧客の適合性を慎重にチェックした上で、顧客が適合した取引への勧誘のみをなすべき義務を負うべきものである。

そして、右適合性については、各商品毎に判断せざるを得ないが、外貨建ワラントの場合、前記のとおり種々の問題点があることからすれば、適合性を認めうるのは、せいぜい自ら独自に情報を収集する能力と、リスクを負担できる資金力と経験を有する、いわばプロの投資家が自発的に取引をなすようなケースのみであって、いわゆる財テクとして投資を行っているに過ぎない一般投資家には決して適合しない商品である。したがって、証券会社ないしその担当者が、一般投資家であるに過ぎない顧客を勧誘して外貨建ワラントを購入させることは、適合性の原則に違反する。

(三) 説明・確認義務違反、虚偽表示・誤解を生ぜしめる表示

(1) 説明・確認義務違反

一般に、勧誘する取引内容が危険性の高いものである場合には、勧誘を受ける顧客がその種取引に精通している場合を除き、勧誘する者は、その取引の仕組みや危険性について説明し、顧客がこれを理解したことを確認する義務が信義則上存在するものというべきである。そして、本件のように、勧誘する側が専門業者であり、かつ勧誘を受ける側が当該取引について知識のない素人である場合には、その説明義務の程度は一層高くなるものというべきである。

外貨建ワラントは、前記のとおり種々の問題点を抱えた商品であり、顧客、とりわけ一般投資家がその取引システムやリスクを十分に理解することは並大抵のことではない。したがって、外貨建ワラントにおける説明・確認義務は、他の商品に比して一層高度なものといわねばならず、特に、一般投資家への販売においては、極めて慎重かつ具体的な説明、確認が行われる必要がある。そして、その説明・確認の内容として絶対に落としてはならない重要事項は、次のとおりである。

① ワラントは、一定期間内に、一定価格で、一定株数の新株を購入できる権利であること。

② 当該外貨建ワラントの権利行使価格、権利行使による取得株式数及び権利行使期間。

③ 外貨建ワラントは価格変動が激しく、紙屑になることすらありうるリスクの高い商品であること。

④ 価格に関する情報(外貨建ワラントが非上場商品であること、外国証券であること及びその価格に関する情報開示の実態)についての説明と確認。

⑤ 購入、売却ともに証券会社との相対取引となること。

そして、右のような説明・確認義務について、日本証券業協会・公正慣習規則第九号も、証券取引所作成の説明書を交付しての十分な説明と、当該取引は顧客の責任と判断において行う旨の確認書の徴求を義務付けている。かかる説明書交付、確認書徴求がされていない場合、その一事をもって説明、確認義務違反と断定できるものというべきである。

(2) 虚偽表示・誤解を生ぜしめる表示

証券会社の健全性の準則等に関する省令二条一号は、有価証券取引一般に関する虚偽の表示及び重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為を禁止している。

外貨建ワラントについて見ると、ほとんどの一般投資家は、その内容や多くの問題点を全く認識していない。このような状況の下で、顧客に対して前述のような説明・確認が欠如した場合、それは正に顧客の誤認に乗じた不作為による虚偽表示ないし誤解を生ぜしめる表示に該当する。

したがって、外貨建ワラントにおける説明・確認義務違反行為は、ほぼ例外なく、虚偽表示ないし誤解を生ぜしめる表示に該当し、高い違法性があるというべきである。

(四) 利益保証・断定的判断の提供・損失補填の約束

証券取引法五〇条一項一号は、証券取引一般に関して、証券会社又はその役員若しくは使用人がその価格が騰貴し、または下落することについての断定的判断を提供することを禁止している。また、日本証券業協会・公正慣習規則第八号においても、断定的判断を提供しての勧誘が禁止行為として挙げられている。

外貨建ワラントについて見ると、その取引形態は、前記のとおり、一般投資家には到底理解し難く、また、店頭取引としての特質故に、殆どすべての場合に証券会社の言うがままの一任取引に近い形態で行われている。このような、能力や経験から見て取引システムが十分に理解できるはずもなく、判断材料も取得しえない一般投資家が現実に外貨建ワラントを購入させられているという事実それ自体で、右断定的判断の提供が現実に行われていたことを強く推認させる。また、後述するように、乙山は原告代表者に対し、利益保証及び損失補填の約束をしており、このことからも本件ワラント取引の違法性は明らかである。

(五) 義務違反を基礎付ける事実

(1) 適合性の原則違反

原告代表者は、平成元年六月下旬ころ、乙山から、ワラント購入の勧誘を受けたが、その当時、原告代表者は株式投資の経験は有していたものの、ワラント取引を経験したことはなく、かつ、ワラントに関する知識もなかった。

(2) 説明・確認義務違反、利益保証・断定的判断の提供・損失補填の約束

原告代表者は、被告新潟支店の昔からの大口顧客であり、乙山は、これを繋ぎとめるために、取引において便宜を図り、利益を供与しなければならない立場にあった。乙山は勧誘に際し、「自分の仲間がイギリスの現地にいるので情報が得られる。」、「利益が出ているのはとっておいた方がよいのではないか。セットになるものだけを入れておくから。」等と原告代表者に述べて、利益が確実であるとの断定的判断を提供しており、本件ワラント取引を、いわゆる「日ばかり」取引あるいはそれに近い形態で行っていた。そして、乙山は原告代表者に対し、ワラント取引の内容や危険性について一切説明せず、平成二年八月ころ、原告代表者に対し、「万一のときは自己勘定で処理するので払い込むだけ払い込んでくれ。」と言って、万一の場合には自己勘定で処理し、原告には損失をかけない旨の約束をした。

(被告の主張)

(一) ワラントの問題点に対する反論

原告の主張(一)についてはすべて争う。

ワラントは、株式投資に比較して、少ない資金で投資ができ、しかも、株価の上昇時には、いわゆる「ギアリング効果」により、株式投資以上の高収益を享受することが可能な商品である。確かに、ワラントは、株価に連動して上下するところの、いわゆるリスク商品である。しかし、そのリスクは、株式投資に比べて限定されており、リスク性のみを強調してワラントが危険な商品であるとする原告の主張は失当である。また、ワラントの権利行使期間は、通常四年ないし六年と長期であり、最大限でも六か月のうちに決裁しなければならない株式の信用取引よりも有利であるといえる。さらに、外国証券であるといっても、原告の取得したワラントの発行会社はいずれも日本の著名な上場会社であること、ワラントの値動きは日本の株式市場の株価に連動して動くものであり、投資家としては日本の株価変動を中心に判断すれば足りること、為替レートの影響についても、ロンドンマーケットにおける価格は、日本株の株価と為替相場の動向により定まり、さらに日本ではロンドンマーケットにおける価格を参考に価格決定する際にも、為替相場により換算することとなっており、かかる往復換算により為替変動は実際にはほとんど影響しないことからすると、原告の主張はいずれも失当である。

情報開示については、平成二年九月二五日以降、日本相互証券株式会社から、指定協会員が同社に発注した売買注文の気配、約定値段、出来高等の情報に関し、リアルタイム情報、午前午後の取引時間終了後の情報が発表されており、右終了後の情報は日本経済新聞紙上等に毎日掲載されていること、顧客は、外貨建ワラントの価格について、いつでも、何回でも、また、どの証券会社に対しても、電話等で問い合わせることが可能であり、情報開示が不十分とする原告の主張は理由がない。

(二) 適合性の原則違反に対する反論

かかる原則が存在することは認めるが、同原則が法的義務といえるかは疑問である上、仮に法的義務であるとしても、顧客の同意を得た取引である以上、その違反が直ちに不法行為を構成するものではない。そして、原告及び原告代表者は、被告との取引が長く、特に、ワラント取引よりリスクの大きい株式の信用取引においては、人並みならぬ知識、経験、洞察力、判断力を有し、多額の利益を得ているのであって、原告がワラント取引の適合性を欠くとする原告の主張は理由がない。

(三) 説明・確認義務違反、虚偽表示・誤解を生ぜしめる表示に対する反論

(1) 説明義務違反に対する反論

ワラント取引において、営業マンから投資家に対し、商品の内容、性格等について説明すべき法的義務があるか否かについては、問題のあるところではあるが、仮にかかる義務があるとしても、そこで求められる説明義務の内容は、個々の投資家の投資経験、知識、判断能力等に応じて異なる個別的、相対的なものであって、一般的、絶対的なものではない。したがって、営業マンにおいて説明すべき事項の内容、範囲、程度については、個々の顧客毎に、かつ、個別の約定毎に、個別的、具体的に判断されるべきである。

前記のとおり、原告及び原告代表者は、被告との取引が長く、特に、株式の信用取引においては、人並みならぬ知識、経験、洞察力、判断力を有し、多額の利益を得ているのであって、仮にワラント取引について説明すべき義務があったとしても、その程度は低いもので足りるというべきである。

(2) 確認義務違反に対する反論

日本証券業協会・公正慣習規則第一号一五条が、証券取引において顧客の責任と判断において行う旨の確認書の徴求を義務付けていることは認めるが、右規定はワラント取引には適用がなく、説明書の交付義務及び確認書の徴求義務が定められたのは、平成元年四月以降で、しかも、それは証券業協会の理事会決議(その後、公正慣習規則に採り入れられた。)によるものである。被告は、右理事会決議及び規則に基づき、右年月日以降の新規投資者には、取引開始に当たり右の措置を講じ、また、それ以前に取引した投資者には、その後において右措置を取り、さらに、ワラント投資者全員に、毎年一回説明書を自動的かつ継続的に送付している。

本件において、原告会社分のワラント取引に関する確認書は、平成元年六月二九日に被告新潟支店で受領されている。

(3) 虚偽表示・誤解を生ぜしめる表示に対する反論

原告指摘の省令の存在は、認めるが、その余は争う。

原告は、前述のとおり、ワラント取引を含む証券取引について知識、経験に欠ける者ではないことは明白であり、虚偽表示ないし誤解を生ぜしめる表示があるとする原告の主張は理由がない。

(四) 断定的判断の提供に対する反論

乙山が、かかる断定的判断を提供したとする点については否認する。また、原告は、一般投資家が外貨建ワラントを購入している場合、それ自体で断定的判断の提供があったことを強く推認させるとしているが、その前提である、投資家に判断材料が全くないという点は前述のとおり失当であり、また、一般投資家の意義、範囲が必ずしも明確でない上、ワラントの投資効率のよさに注目して積極的にワラント取引をしようとする投資家も存在するのであるから、原告の主張には全く根拠がない。

(五) 利益保証・損失補填の約束に対する反論

(1) 乙山が右のような約束をしたとする点は、いずれも否認する。

原告と乙山の関係からして、乙山にそのような約束をする動機は全くない。

(2) 損失補填について、原告がその約束の履行を求めているのであれば、そもそも主張自体失当である(証券取引法五〇条の三、一九九条は、証券会社及び投資者の双方に対し刑罰をもって、損失補填及びその約束の履行を禁じている)。また、損失補填の約束をして勧誘したことを不法行為として主張するとしても、かかる主張は損失補填約束の禁止の脱法行為であるから、同じく主張自体失当である。仮に、不法行為が成立する可能性があるとしても、顧客の投資経験、取引金額その他諸般の事情に照らして、著しく社会通念上許容しうる範囲を越えた場合に限定されるのであって、本件の場合はこれが成立する余地はない。

2  原告の損害とその額

(原告の主張)

(一) 本件各ワラント取引における代金額から、各ワラント売却により得た利益を控除した差損益合計額(一億七六四六万六三三四円の損)の内金

一億六九四五万九九六〇円

(二) 弁護士費用

一六九四万五九九六円

(三) 合計

一億八六四〇万五九五六円

(被告の主張)

(一) 原告の主張(一)については、差損益合計額(一億六四七〇万五七八三円の損)とするのが正しい。

(二) 損益相殺等

原告は、本件各ワラント購入代金そのものを損害としているが、これは、ワラント購入行為が無効であることを前提にするものであり、不法行為構成と明らかに矛盾する。また、原告は、利益の出た取引も含めて本件ワラント取引全体を不法行為とし、利益と損害を通算して損害を主張しているが、損害に関しては、取引期間中、被告において、しかるべき価格で売却できる機会があれば、そのことを当然考慮に入れて損害額を減額すべきである。

第三  争点に対する判断

一  義務違反判断の基礎となる事実認定

以下に掲げる各証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  本件ワラント取引開始までの経緯等

(一) 原告代表者甲野太郎は、昭和四六年六月二日に原告の前身である株式会社甲野製作所を設立し、同五四年五月一日に家庭金物及び厨房品の製造販売を目的として原告を設立し、その代表取締役に就任している者であり、昭和二四年ころから個人として株式の売買を始め、右原告設立後間もなく、被告を通じて同社の余剰資金を利用した株式投資を始めるに至った。その後、原告は、昭和五六年三月一六日に被告との間で信用取引口座設定を約諾して株式の信用取引を行うようになった。そして、原告の投資は、いずれも原告代表者によって行われた。原告代表者は、証券取引について、業界紙を講読して知識を取得していた(乙一三、一四、一五の1ないし130、一六の1ないし48、原告代表者)。

(二) 右株式の信用取引において、原告が被告を通じて投資した額(被告預かり残高)は、昭和六一年一二月末日現在で七億〇一四〇万円、昭和六二年一二月末日現在で六億九九一〇万円、昭和六三年一二月末日現在で六億〇四〇〇万円、平成元年一二月末日現在で四億二八二〇万円、平成二年一二月末日現在で二億四一六〇万円であった(乙一五の1ないし130、弁論の全趣旨)。

(三) また、原告代表者は、個人として、被告を通じての信用取引において、昭和六三年から平成二年までの青山商事株式の現物取引で、三億一一五七万六六七円の差益を得た。さらに、セガ・エンタープライゼス株式の現物取引においては、平成元年から同二年までの取引で二億五九八七万七六七四円の差引利益を得ており、昭和六三年一〇月一日から平成四年三月三一日までの株式の信用取引及び現物取引において、約五億円の利益を得た。右青山商事株式の取引においては、当初原告代表者から乙山に購入の相談があり、乙山は、同社が大阪証券取引所の二部上場会社であり、取引高も少ないことから、購入に疑問を呈したものの、原告代表者は、自らの判断で購入を開始し、右のとおりの利益を得た(乙一六の1ないし48、五〇、証人乙山、原告代表者、弁論の全趣旨)。

2  乙山らによる本件ワラント取引への勧誘

(一) 乙山は、平成元年三月に被告新潟支店長に着任し、その後何回か原告代表者にワラント取引の勧誘を行ったが、約定には至らなかった。その後、平成元年六月二六日、乙山は、被告新潟支店の原告担当者の丙川三郎(以下、「丙川」という。)に、住友商事ワラントを原告代表者に勧めるよう指示した。丙川は、電話で原告代表者に対し、ワラントとは新株引受権のことであり、株式相場に連動して値上がりすれば投資効率はよいこと、反面、株式相場が下がれば値下がり幅も大きい旨説明したが、約定はすぐには成立しなかった(乙五〇、証人乙山)。

(二) そこで乙山は、丙川の説明の直後に自ら原告代表者に電話した。乙山は、原告代表者がワラント取引についてよく知らないと判断し、ワラントとは新株引受権付社債から新株引受権を分離したものであること、株式取引と比べて、三倍ぐらい投資効率がよいこと、逆に、その分リスクもあることを説明した。右投資効率及びリスク(いわゆるギアリング効果)の説明に際し、乙山は、てこの原理を例に説明を行い、さらに若干の具体例を出して説明をした。さらに乙山は、原告代表者が前記のとおり信用取引を長年行っていたことから、これになぞらえて、買い付け金額に対する金利がワラント取引では不要であること、ワラントの行使期限が信用取引の期限に比べて長いこと、行使期限を経過すればワラントの価値はゼロになるが、買い付けた金額以上の損失はないことを説明した(乙五〇、証人乙山)。

(三) 右のような乙山の説明に対し、原告代表者は、手数料を被告に支払う必要があるのではないのかといった質問をした。これに対し乙山は、ワラント取引は被告との相対取引であり、原告代表者がワラントを売却する場合には被告の自己勘定になることから、手数料は不要である旨説明した。そして、この説明に当たって乙山は、ゴルフ会員券の売買を例にして説明した(乙五〇、証人乙山)。

(四) さらに原告代表者は、ワラントがドル建てであり、売買に関する情報がとれるのかどうかについて質問した。これに対し乙山は、ワラントの価格は一般的にはロンドンの業者間価格を基礎に、東京市場の株価、被告の自己勘定のポジション、需給関係によって決定されること、情報についても、必要があれば大和ロンドンまたは被告の社員からいつでも情報をとれる旨説明した(乙五〇、証人乙山)。

(五) 以上の乙山の説明に対し、原告代表者はワラントを購入することを決定し、被告との間で右約定が成立した。その直後、乙山は、既に購入のオファーの出ていた住友商事ワラントにつき、購入する約定ができた旨を被告本社ワラント部に連絡し、右ワラントを購入したのち、即日同ワラントを売却した。右売却は、乙山が利益が出る状況までポイントが上がっているので売却の勧誘をするよう丙川に指示し、丙川から連絡を受けた原告代表者がこれを承諾したため実行されたものであった(乙五〇、証人乙山)。

(六) 被告新潟支店は、右約定成立の日である平成元年六月二六日、ワラントに関する説明書及びワラント取引について自己の責任で行うことを確認する旨の「ワラント取引に関する確認書」と題する書面を原告宛送付したところ、同日付けで原告の記名印及び社判が押捺された確認書の送付を同月二九日に受けた(乙四、七、証人乙山)。

3  本件各ワラント取引の経過

(一) その後、原告は、別紙記載のとおりのワラント取引を行った。

まず、平成元年六月三〇日に日本電気硝子(別表では「ニチデンガラ」と表示)ワラントの、同年八月一〇日にウシオ電機(別表では「ウシオ」と表示)ワラントのそれぞれ購入の約定をし、同年八月一六日及び同年一〇月四日に売却してそれぞれ七八万四九六七円及び四九八万六五一〇円の利益をあげた。これらの購入及び売却は、乙山が丙川に勧誘の指示を出し、原告代表者がこの勧誘に応じることにより行われた(乙五〇、証人乙山)。

(二) その後、原告代表者は、平成元年一〇月一二日に、個人としてニコンワラントを購入し、平成二年一月二三日にこれを売却して約六七〇万円の利益をあげた。右ワテントは、購入以来、しばらくの間値上がりしなかったことから、乙山は利食いできるまで保持することとし、利食いできる値段にまで上がったことから、同人が丙川に売却勧誘の指示を出して行われたものであった(乙一六の37、五〇、証人乙山)。

(三) 右ニコンワラントの購入に際し、被告は、原告代表者に対し、ワラント取引説明書及び確認書を郵送し、右ニコンワラントの売却がなされた後である平成二年二月二三日に、原告代表者個人の署名押印のなされた確認書が被告新潟支店に返送された(乙二三、五〇、証人乙山)。

(四) その後、原告は、平成元年一一月二〇日、日本航空(別表では「ニッポンコウクウ」と表示)ワラントを購入し、同月二二日にこれを売却して一四四万三〇九三円の損失を出した。この売却は、もう少し待った方がいいのではないかとの乙山の助言に対し、原告代表者が損失が出てもよいから売却したいとの意向を強く示したため行われたものであった。その後、原告は、平成二年一〇月から平成三年三月まで、バンドー化学(別表では「バンドーカガク」と表示)、横浜ゴム(別表では「ヨコハマゴム」と表示)、東急百貨店(別表では「トウキュウ」と表示)、オムロン、ヤマト運輸(別表では「ヤマトウン」と表示)、トーヨーカネツ、阪急電鉄(別表では「ハンキュウデンテツ」と表示)、ロイヤルホテル、阪急百貨店(別表では「ハンキュウデパート」と表示)の各ワラントを購入し、かつ売却することで、最高で五四二万〇九四三円、最低で二二万八八三五円の利益を挙げた(乙二九、三二ないし四〇、五〇、証人乙山、弁論の全趣旨)。

4  長瀬産業、常磐興産及び日本信販ワラント等の取引経過

(一) 平成二年三月八日、原告は長瀬産業(別表では「ナガセサン」と表示)ワラントを購入した。この購入に先立ち、乙山は原告を訪問し、右ワラントは被告が幹事会社となって売り出しているものであること等を説明して、購入の勧誘をした。その結果、原告は右ワラントを購入したが、なかなかポイントが上がらず、利食いの機会がなかった(乙三〇、五〇、証人乙山)。

(二) 平成二年七月、乙山は新潟支店長から被告本社ワラント部に転勤したが、その後も原告代表者は乙山に何度か電話し、株式の見通しや推奨銘柄がないかを問い合わせていた。そのような原告代表者とのやり取りの中で、乙山は、常磐興産ワラントの購入を勧めた。その後、原告代表者は、同社について仕手的な動きがあるようなので購入することにした旨乙山に伝え、同年八月二七日、右ワラントを購入した。しかし、これも思ったようにはポイントが上昇せず、むしろ下降気味であった(乙三一、五〇、証人乙山)。

(三) 右長瀬産業及び常磐興産(別表では「ジョウバン」と表示)ワラントに関し、原告代表者は乙山に、ポイントの動き及び先行きについて頻繁に問い合わせた。これに対し乙山は、ポイントを答えた上、見通しとしては、資本金が小さい株式であるから回復するケースも考えられるということを助言し、その結果、原告は売却せず、そのままにしておくことにした(乙五〇、証人乙山)。

(四) その後、平成四年四月、原告代表者は、新聞等の記事から、行使期限が近いものは株価が値上がりするのではないかと考え、乙山に、そのような銘柄として日本信販はどうかと問い合わせた。これに対し乙山は、日本信販と住友不動産ワラントを推奨したところ、原告代表者は日本信販(別表では「ニホンシンパン」あるいは「ニッシンパン」と表示)ワラントを購入することに決め、同月一六日、原告は右ワラントを購入した。この購入に際し、原告代表者は、前記長瀬産業等での評価損を回復すべく、右購入で一か八か勝負したい旨を乙山に対して述べていた(乙五〇、原告代表者、証人乙山)。

(五) しかし、日本信販ワラントもその後値上がりせず、また、前記長瀬産業等のワラントも値上がりしなかったことから、原告は、右各ワラントを売却することとし、平成四年四月一七日及び同月二〇日にそれぞれ売却した。この結果、日本信販は九〇〇八万〇六八七円、長瀬産業は一九一〇万六二八五円、常磐興産は五六一一万四二三一円の損失となった。なお、バンドー化学ワラントについて、原告は取得した一五〇万ドル分中、五〇万ドル分は早めに売却して五四二万〇九四三円の利益を得たが、残り一〇〇万ドル分については売却時期を失し、三六二四万五三二四円の損失となった(証人乙山、弁論の全趣旨。なお、原告の利益及び損失額については争いがない)。

以上の事実が認められ、これに反する甲三の1、2、四の2ないし27の各記載及び原告代表者の供述は、採用しない。

二  不法行為についての判断

1  総論

一般に、証券取引は、その価格が当該時点における政治あるいは経済情勢等によって変動するといった、それ自体リスクを伴う取引であって、証券会社が顧客に提供する情報等も右事情を反映して、不確定的な要素を多く含み、予測や見通しの域を出ないことが通常であるから、投資家自身において当該取引の危険性と、その危険性に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを自らの判断と責任において行うべきものであり(自己責任の原則)、この理は本件ワラント取引においても等しく妥当するものと解される。しかしながら、かかる自己責任の原則から、証券会社が行う投資勧誘がいかなるものであってもよいとはいえず、証券取引に関する情報が多く証券会社に偏在する一方で、一般投資家が多数証券市場に参入しているという現状においては、証券会社の助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護を図る必要がある。

そこで、原告が前記第二、二1(二)ないし(四)で指摘するように、証券取引法、日本証券業協会・公正慣習規則等は、信用取引、ワラント取引等の受託について、それぞれ取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客からの信用取引、ワラント証券取引等の受託を受けるものとして、投資家の意向と実情に適合した投資勧誘を行うべきものとし(適合性の原則)、あるいは、証券会社は、ワラント取引に関する契約を締結する際には、当該顧客に対して、所定の説明書を交付するとともに、ワラント取引の内容、ワラント取引に伴う危険性等について十分説明し、顧客の判断と責任において当該取引を行うものであることの確認書を徴求すべきものとしている。

このような法律、公正慣習規則等の趣旨からすれば、証券会社及びその使用人は、投資家に対して、虚偽の情報ないし断定的判断等を提供するなどして、投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるようなことを回避すべく、また、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があるというべきであって、証券会社ないしその使用人がかかる義務に違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、その他当該取引が行われた具体的状況の如何によっては、私法上も違法なものとして、当該取引によって損害を被った投資家に対し、その損害を賠償する責任を負うべきものと解される。そこで、以上のことを前提として、本件で原告が主張する責任原因について個別的に判断する。

2  適合性の原則違反について

前記一1で認定したとおり、原告及び原告代表者は、株式の信用取引を長年にわたり行ってきたものであり、また、右取引に際しても、被告からの情報だけでなく、自らの判断で投資銘柄を発掘し、多額の利益を得ていること、また、その取引量、金額も、一般の投資家としてはかなりの量及び額に達していること、原告は営利企業であり、投資の目的も、会社資産を利用しての会社利益の拡大にあると認められること等からすると、原告が本件ワラント取引について適合性を有しないとする原告の主張は理由がない。

3  説明・確認義務違反について

(一) 前記1のとおり、証券会社及びその使用人は、投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるようなことを回避すべく、また、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があると解され、このことから、証券会社及びその使用人は、当該証券取引を開始するに当たり、その内容及びそのリスク等について、顧客に説明し確認すべき義務が信義則上存在するものと解される。しかし、その説明義務の内容及びその程度については、当該取引の具体的態様、顧客の職業、年齢、財産状態、投資の目的、従前の投資経験の有無及びその程度を勘案しながら、具体的に決するのが相当である。

そして、ワラント取引において顧客に説明すべき内容は、前記ワラントの特質に鑑みると、①ワラント価格が原則として株価に連動するものであり、しかも、株価の値動きの数倍の動きを示すこと、②ワラントは権利行使価格を上回らないかぎり損失が発生し、さらに権利行使期間が経過した場合には無価値になること、③ワラント取引は証券会社との相対取引であること、④外貨建ワラントの取引の場合は、為替変動によるリスクが生じうることについて相当程度具体的に説明することが必要であると解される。

(二) これを本件について見ると、前記一1、2で認定したとおり、乙山は、原告代表者に対する住友商事ワラント購入の勧誘に際し、ワラントの意義、その投資効率及びリスクについて、てこの原理等の具体例を出したり、原告が従前から行っていた株式信用取引と比較しながら説明し、行使期限を経過すれば、ワラントが無価値になることも説明したこと、また、原告代表者からも、手数料及び情報収集についての質問があり、これに対し乙山は具体的に回答し、原告の理解を得ようとしたこと、被告新潟支店は、原告に対し、ワラント取引説明書を送付し、確認書を原告から徴求していること、原告代表者はリスクが大きいとされる株式信用取引を長年にわたって行い、投資経験及び知識も相当程度豊富であったこと等からすれば、乙山に説明・確認義務違反があったとする原告の主張は理由がない。

4  虚偽表示・誤解を生ぜしめる表示について

この点につき原告は、乙山の説明・確認義務違反が、虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示に該当すると主張しているが、前記のとおり乙山に説明・確認義務違反は認められないのであるから、原告の主張はその前提を欠き、理由がない。

5  利益保証・断定的判断の提供・損失補填の約束について

(一) 原告は、乙山が右ワラント購入の勧誘をした際、「自分の仲間がイギリスの現地にいるので情報が得られる。」「利益が出ているのはとっておいた方がよいのではないか。セットになるものだけを入れておくから。」等と述べたとし、また、平成二年八月ころ、乙山が「万一のときは自己勘定で処理するので払い込むだけ払い込んでくれ。」と言って、損失補填の約束をしたと主張し、これを証するものとして、甲三の1、2、四の2ないし27を提出し、さらに原告代表者の供述中にも、これに沿う供述がある。

しかしながら、乙山が述べたとされる「セットになるものだけを入れておくから。」との約束(いわゆる「日ばかり」取引の約束と見られる。)については、前記認定した本件各ワラントの売買経過と符合せず、日本航空ワラントに至っては損失を計上していること、長瀬産業、常磐興産及びバンドー化学ワラントにおいても、利益が出ないまま長期間保持していたこと(原告は、この三ワラントが長期間売買されなかった理由として、乙山が度重なる原告の売却の意向を押し止めた結果であると主張するが、前記日本航空ワラントの売却に際して原告は、売却に反対する乙山の意向にもかかわらず、自らの判断で売却しており、右三ワラントの売却についても、これと同様の手段を採ることが可能であったと考えられるから、右の主張は採用し難い。)からすると、右約束の存在については、相当の疑義がある。

また、損失補填の約束(かかる約束が公序良俗に反することは、論ずるまでもない。)の存在についても、原告が右日本航空ワラントの売買の損失について何ら被告らに右約束の履行を求めていなかったこと、前記認定にかかる日本信販ワラントの購入に至る経過及び原告ないし原告代表者の投資経験等からすると、同じく相当の疑義があるものといわざるをえず、この点に関する原告提出の前記書証及び原告代表者の供述はいずれも採用しない。

(二) 他に、乙山は原告に対するワラント取引の勧誘に際して、利益保証、断定的判断の提供及び損失補填の約束をしたと認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は理由がない。

三  結論

以上のとおりであるから、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官太田幸夫 裁判官戸田彰子 裁判官内田義厚)

別紙ワラント取引一覧表〈省略〉

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